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その日、サスティーリャ王国の王宮広場には、実に大勢の人間が集まっていた。
周囲を山に囲まれたサスティーリャ王国の夏は、暑くて過ごしにくい。それでも、大地が太陽の恵みを存分に受け取る夏が終わりに近づくと、朝晩は風が涼しく感じられるようになる。雲一つない空は青く澄み渡り、どこからか飛んできたとも知れぬ一羽の鷺が、青い画布の上を縦横無尽に飛び回っている。
広場の中央の檀上には、黒く光る巨大な刃――断頭台が誂えられていた。今から数十年前、王国で名高い医師が考案した処刑具である。考案した医師は罪人の苦痛なき死を願ったと言われているが、実際に体験してその感想を語った人間がいない以上、本当に苦痛がないかどうかは誰にもわかりはしない。
この日処刑されるのは、誇り高き王宮騎士を5名惨殺し、サスティーリャ国王サマルカンド1世謀殺を企んだ、稀代の極悪人である。サスティーリャ王国の法律書には、王家に対する反逆者は一族郎党すべてが死を賜るべしと記されている。しかし、今回の罪人には身内がなく、そのことが、集まった人々にとっては残念でたまらない事柄だった。日々を勤勉に生きる多くの人々にとって、公開処刑は何にも代えがたい娯楽であったから。
やがて、縄打たれた罪人が檀上に現れる。黒い髪、蜜色の肌、年のころは20歳ほどの職人風の服装をした青年である。事実、彼は以前、王都で名高い家具職人として、貴族や王族からも注文を受けていた時期がある。
王宮騎士に左右を囲まれた一人の青年が、今まさに、処刑執行人の手に引き渡される。その光景を、レティシーナは外の誰より近い場所で見届けていた。早世した兄から受け継いだ彼女の地位は王宮騎士隊長――国王に反逆した大罪人の処刑執行書には、レティシーナが手ずからサインをした。
執行人の手にゆだねられた青年が、処刑台の前に跪く。容赦のない手に後ろから頭を押され体を固定された、その上には黒光りする巨大な刃が、執行の瞬間を今か今かと待ちわびている。
集まった人々から歓声が上がる。今、この場所に集まったすべての人間が、罪人の首と胴が切り離され、執行人の手によってその頭部のみが衆目に晒される瞬間を待ちわびているのだ。それはもはや、時の奔流のように抗うこのできない、運命とでも呼ぶものでもあったかもしれない。
執行人の手が、断頭具の留金に触れる。この留金が外れると、巨大な刃を留めるものは何もない。刃が重力の法則に従い落下したその瞬間、その下方に固定された男の首と胴が分かたれ――レティシーナが生まれて初めて、心から愛した男の命が、終わる。